2008年03月19日

『2001年宇宙の旅』の原作者として有名なSF作家、アーサー・C・クラークが、19日に90歳で亡くなられた。
『最後の楽園』などもこのブログでは紹介しているが、ぼくは大好きなSF作家だった。

手塚治虫がアトムで科学者・工学者にビジョンを与えているように、アシモフがロボット三原則でロボット工学に大きな影響を残しているように、クラークもHAL9000でコンピュータサイエンスにさまざまな課題を提示した。
作品に描いた予想が、もっとも多く現実となって的中していると言われるクラークの作品群。追悼をこめて、また読み直していきたい。





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2007年11月01日

『時砂の王』小川一水/早川文庫(2007)

いま、ぼくが最も注目する日本人SF作家「小川一水」の新刊が出ていた。

『時砂の王』

帯にもあるが、この作家はじめての時間SFである。
邪馬台国 卑弥呼の時代をメインストーリーとして、謎の宇宙怪獣(by『トップをねらえ』)と、未来の人口知性体の戦いを描く。
時間概念は、オーソドックスな多重世界を採用しており、過去に干渉することで時間枝が分岐し、無限に近い平行世界が作られていく。

目的も生態も謎な宇宙怪獣が、人類文明のちょっとだけ進んだ技術をもってやってきて、人類が総力をあげて戦うというシチュエーションは、古典SFから前出の『トップをねらえ』、『エヴァンゲリオン』、そして『戦闘妖精雪風』など枚挙にいとまがない。
この作品の魅力は、あらゆる時間軸上に宇宙怪獣が登場し、さまざまな時代での総力戦を行うというスケール感だ。
紀元前10万年前の人類発祥時期から、26世紀あたりが語られる。おそらく前例がない(と思う)。

ある特定の時代において人類が殲滅された場合の人間の犠牲は、60億から100億であろう。しかし時間軸上の、さまざまな時代を攻撃することで、その犠牲者数は、数桁上がる。
さらに、ある時代で人類が殲滅してしまうと、その時代以降に発生したであろう時間枝群が、すべて消え去ってしまうことになる。そう考えると、防衛側の人類に否が応でも力が入る。

きっと、この作品は、ハリウッド映画で実写化すると、非常にスケールの大きなエンタテーメント作品になりそうな気がする。基本的には、わかりやすい勧善懲悪だし。

ちなみに、上記にあげた作品に共通する点として謎の宇宙怪獣は、最後まで謎のままで終わる。(雪風は終わってないが)さて、この作品では、正体が明かされるのかどうか、それは読んでからのお楽しみである。
 






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2007年08月09日

これはおもしろい! プロジェクトXが好きな人には特にお薦めです。

天文学の研究において、複雑な重力計算は、当時のスーパーコンピュータを使っても不可能だった。
そこで1989年、東京大学のある研究室で、重力計算専門のコンピュータを開発された。その名も「GRAPE-1」。
当時日米での開発合戦が過熱していたスーパーコンピュータ並みのMIPSをたたき出したそのコンピュータは、材料費がたった20万円で作られた。これは、GRAPE-1の開発を行った4人の男たちの情熱と苦難の物語である。(それらしく書いてみた)



三人称ノンフィクションの形態をとっているが、著者自身がプロジェクトメンバーの最年少だったハードウェア開発者当人である。
だからこそ、おもしろい。
NHKがヘンな脚色をした、プロジェクトXよりも、当事者であるが故の説得力がある。
4人の男たちの紹介からはじまり、大学や研究室の内情が淡々と綴られる。普段、知りえない大学研究現場の実情もとても魅力的だ。

作者である伊藤の経歴を、上記の楽天ブックスのリンクで見てほしい。東京大学xxx学部卒業、xxx大学教授、xxx学会xx賞受賞、という絢爛な称号の最後、「集英社ヤングジャンプ「青年漫画大賞原作部門」準入選」という、異彩を放つ称号がついている。
何の原作者であるかは、本書を読んでほしいが、誰もが知っている(であろう)作品の原作者であり、なるほど、と納得できる。
こうした背景もある作者であるから、文章もうまい。

リーダだった教授の言葉の中で、以下が印象的だ。

   研究は、二種類ある。
   0から1を創り出す研究と、1を10にする研究だ。

大多数の研究は、既存の理論を拡張していく。今までにない、まったく新しいものを創り出すことができるのは、ほんとうに稀だ。
我々SEもそうである。
普段でも検証を行いながら、本番への適用や提案をおこなっていく。前例がないから、検証という名の研究を行うのである。
たいていは、1を10にする研究だ。
部署や会社内で、まったく前例のない、新しい事態にチャレンジすることも、数は少ないがある。こういうとき、0から1を創り出す興奮を味わうことができる。
私は、商用インターネットの黎明期に味わった。著者も、GRAPE-1を作った時の高揚感は、その後の研究生活で味わえていないと書いている。
1度でもそうした0から1を創り出す経験をすることは、ものの考え方・捉え方が作る側の視点に向きやすくなる。ゆえに、ものの仕組みや本質を捉える訓練につながっていくのではないかと思う。

前例がないから、という理由でチャレンジをあきらめない。
SEであれば、常にそうありたいと思わせてくれる本である。






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2007年07月12日

数年前から、やたらと話題になっていたハルヒシリーズ。現在、9冊ほど角川スニーカー文庫から出ている。
波に乗り損ねて、アニメも本も読む機会のないまま、そのうちいつか読もう本として位置づけられていたのだが。
冊数を重ねて長く続くシリーズは、読むとなるとそれなりに費用もかかるので、後になるほど手が出しにくくなる。

先日友達が持っていることを知り、9冊をまとめて借りた。感謝です。ありがとうございます。

そして一気に読んだ。
高校1年の4月のハルヒと俺の出会いからはじまり、季節のイベント毎に事件を起こしてくれる。ゴールデンウィーク、期末テスト、夏休み、運動会、学園祭、冬休み、クリスマス・・・・・。
時々、中学時代に時間旅行をしつつも、順調に高校時代を過ごしていく。
基本的に短編~中篇の連作小説なのだが、9冊もあってやっと一年間が経過している。
詳しくは、wikipediaの表がよくまとまっている。
そして、刊行順序と物語中の時系列も合っていないことがよくわかる。
それにしても、これほどよく一年間に事件を詰め込んだものである。

例えば『名探偵コナン』の各話を、正確に日時を特定したらどうなるのだろう。
毎日のように、殺人事件や脅迫事件に出会っていることになるのだろうが、話が終了し登場人物が日常に戻ることで、次の話とのつながりを曖昧にしている。
『ハルヒ』シリーズのすごいところは、宇宙人、未来人、世界の危機、という事件を正確な日付と共に、一般高校生の日常に含ませて、登場人物の生活を成り立たせているところにあると思う。





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2007年05月11日

ハヤカワオンライン「敵は海賊」検索結果によると、神林長平の『敵は海賊シリーズ』の最新刊が2007年6月25日に発売になるとのこと。MIXIの神林長平コミュで教わりました。
う~ん、楽しみ。

神林長平の『膚の下』の上下巻が先日読み終わったばかり。
立て続けに読めて、嬉しい。 

そういえば、この『膚の下』というタイトルに、上下巻と書かれているものだから、見間違えて上巻を二冊買ってしまった。
上巻が読み終わって、さぁ下巻だ読み始めるまで、間違えたことに気づかず・・・。
買ってから一週間もしてたのに交換に応じてくれた本屋さんに感謝。

 






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2007年03月13日

の続きである。

3.決定論的宇宙


ここからが、順列都市の話である。
人間の精神活動を、コンピュータ内部で再現できるようになった時代。
精神活動は、ひとつの数値化されたパターンで表現できるといえる。(コンピュータで処理できるのだから)
その数値化された脳状態(ニューロン反応等)は、その内部の刺激反応により、自らがパターンを変えていくことで、精神活動が行われている。

しかし、その精神活動は、本当に未来予測不可能な自由意志なのだろうか。

コンピュータ内でシミュレートされている脳の活動は、やはりニューロン伝達物質のシミュレーションの結果である。
現実の脳は、外界からの刺激に応じて、さまざまに反応パターンが変化する。
しかし、仮想現実の中では<コピー>に与える刺激も、同一のコンピュータ内で処理されるシミュレーションの一部なのである。
すると、ある初期状態の脳を含む仮想世界のパターンから、次のパターンは、すべて計算で求められる。
コンピュータは、数学で言う「ラプラスの魔」になるのである。

唯一の外部刺激は、通信によって外界からの情報を<コピー>が得ることである。実在する人間が、<コピー>に話しかける、外界のニュースを読む、といったことだ。
外界の人間の行動・セリフは、シミュレーションの範囲外であり、コンピュータの予想外である。
この要素さえなければ、仮想世界は<コピー>の自由意志を含めて、決定的な未来なのである。


4.永遠に向けて

では、ある瞬間の精神活動パターンから、10ステップ先を一気に計算することはできないだろうか。
コンピュータ内部の計算において、nステップ目を計算するには、(n-1)ステップの結果がないとできない。(n+10)ステップ目を計算するには、(n+9)ステップの結果が必要なのである。
マウスカーソルを、右端に行き着かせるためには、右端の1画素左にマウスカーソルを表示した画像を出さなければならない。
これらは、順序性から解き放たれていない考え方だ。

画像パターンは、円周率(作中では膨大な乱数の海)の中に全てあるのである。左端にマウスカーソルのある画像の次に、右端にある画像があってもよいのだ。
決定論的宇宙であれば、精神パターンがnステップ目にあり、次に(n+10)ステップを計算することは可能である。
問題は、順序がなく存在する離散的データを、どのように選択して認識していくかである。
選ぶのは、外から見ている観察者ではない。内部にいる観察者なのだから。

パターンの計算に順序はない。したがって、次の瞬間までに次のステップの計算を終わらせなければならない、という制限もない。それはすなわち、演算能力の優劣は問わないということになり、計算方法についても自由である。地理的に離れたコンピュータで計算してもよいし、そろばんを使って何十万年かけて計算してもよい。

ただ、内部にいる観察者の意識は、乱数の海から自然発生はしない。
初期値を作り、そこから次を選ぶ、という動作をはじめさせなければ、次の自らのデータパターンを選択することができない。
この最初の一押しを、作中では「発進」と表現している。
この発進動作は、通所のコンピュータシミュレーション上で行われている。
一度、発進してしまった内部の意識は、その後、乱数の海からパターンを拾い上げていく。
そこに、時間的順序性も計算も必要ない。

これが、論理のアクロバットである。




【エデンの園配置(コンフィグレーション)】

もともとは、ライフゲームなどのセルオートマトンで使われている言葉である。

wikipedia ライフゲーム
wikipedia セル・オートマトン
モデリングシミュレイション入門(2006年度秋学期)

規定されたルールでセルの状態がステップごとに変化していくセル・オートマトンにおいて、初期状態でしかとりえないパターン配置のことを、エデンの園配置と呼ぶ。
wikipediaのライフゲームの項に説明されているが、セル・オートマトンのパターン変化は、以下のような種類に分類される。

(wikipediaより引用)
* 固定型は世代が進んでも同じ場所で形が変わらないものを指す。
* 振動型はある周期で同じ図形に戻るものを指す。
* 移動型は一定のパターンを繰り返しながら移動していくものを指す。グライダーと呼ばれるものが有名である。
* 繁殖型はマス目が無限であれば無限に増え続けるパターンである。


仮想世界そのものの数値パターンが変化していくことで、仮想世界内の精神活動がされていくことを考えると、上記のパターンのうち繁殖型以外は、永遠の不死は得られないことがわかる。
つまり初期条件を注意深く決め、少なくとも初期パターンに戻ってしまってはいけない。
したがって、エデンの園配置からはじめないとならないのである。


【TVC宇宙】

チューリングマシンと呼ばれる、一次元のテープ上の自動機械がある。
それを二次元の方眼紙のように格子状に拡張したものが、セル・オートマトンである。
本作品の中では、この無限に続く二次元を、さらに六次元に拡張したオートマトンが2010年に定義されたとしている。
六次元とは、二次元の格子状世界を三次元の立方体にし、その立法体内に無限に続く三次元世界を置くことで、六次元にすると考えている。
この二重化された無限に続く六次元空間を、TVC宇宙、と呼び、宇宙空間が永遠に膨張し続ける論理的な基礎としている。

このTVC宇宙内で、エデンの園配置でもって<コピー>と仮想都市空間の数値パターンを置き、塵理論をもって<発進させる>というのが、順列都市のつくり方である。

さて、これで、読みたくなった人はいるかな!?




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【内容情報】(「BOOK」データベースより) 記憶や人格などの情報をコンピュータに“ダウンロード”することが可能となった21世紀なかば、ソフトウェア化された意識、“コピー”になった富豪たちは、コンピュータが止まらないかぎり死なない存在として、世界を支配していた。その“コピー”たちに、たとえ宇宙が終わろうと永遠に存在しつづけられる方法があると提案する男が現われた…電脳空間の驚異と無限の可能性を描く、キャンベル記念賞、ディトマー賞受賞作。

『順列都市』グレッグ・イーガン/山岸真訳 早川文庫(1999)

この作品は、21世紀半ば、人間をスキャンしコンピュータ上で走らせる技術が完成した時代を描いている。 物語は、主人公の<コピー>が、2045年にコンピュータ上の仮想都市で目覚め、バーチャルリアリティ内での生活をはじめるところからはじまる。
<コピー>は、一般的には現実の人間の死後に走りはじめ、一種の不死を実現する手段となっている。
この世界の個人が大きな演算を必要とするとき、演算リソースを公開市場で買うことで、コンピュータを利用する。QIPSという単位で、需要と供給をバランスする市場があり、QIPS単価が株価のように変動する。
自前のコンピュータ設備を持たない<コピー>たちも、自由市場のQIPSから、演算リソースを買って自らを動かす。 大規模プロジェクトを進める国家などで買占めが起きると、QIPS価格は暴騰し、個人がコンピュータリソースを一時的使えなくなったりするのだ。

さらにコンピュータ描写でおもしろいのが時間の扱いである。
<コピー>を走らせかつ、空間表現をする演算能力は、リアルタイムで演算するほど高速なコンピュータができていない。つまり、仮想空間内の時間は、現実の時間には追いつけない。
仮想空間内の人格は、現実時間の17分の1で走らせられる。たまたま、コンピュータの負荷があがると、<コピー>の主観時間では一瞬であっても、その間に実時間で10時間もたっていたりする。
この仮想時間と現実時間が、物語り全体で大きなポイントとなってくる。
詳しいストーリーが紹介されているブログは以下。

http://www.na.rim.or.jp/~majio/bookshelf/book/Egan_PERMUTATION_CITY.html


作者のグレッグ・イーガンは、元プログラマー。
そのため、近未来のコンピュータ描写は、正確にして秀逸である。
数学とコンピュータサイエンスをベースに、物理学・化学・惑星学・哲学と、あらゆる科学的要素を取り込み、SFファンにはたまらない高密度さでセンス・オブ・ワンダーを提供してくれる。
おおかたの感想にあるように、難解な「論理のアクロバット」が行われている。 その最たるものが、人格の<コピー>をシミュレーションしているコンピュータが止まっても、さいては宇宙がなくなっても、コピーは動作しつづけることを保障する、というアイディアだ。
そこにいきつくまでに、【塵理論】、【エデンの園配置(コンフィグレーション)】、【TVC宇宙】、といったキーワードを理解しなければならない。

さらっと読めるタイプの小説ではないが、読み応えのある本を求めている人にはうってつけである。 哲学的な側面は、以下のブログに詳しい。

My Sci-Fi Collections

塵理論についての、ぼくの解釈は、次に記載する。

 

ここより以下は、ネタバレを含みます。これから読む予定の人は、読後にお読みください。 順列都市を読む予定のない人は-おもしろくないでしょうが-どうぞ。

【塵理論】 世には以下のように、すでに多くの塵理論の解説が出ているが、自分なりの理解でまとめてみる。

森下一仁のSFガイド MI's Attic

 

円周率πの中には、シェークスピアの全戯曲が含まれている

上巻のどこかに、このような無限についての記述があり、非常に印象的だった。

1.無限とパターン

円周率は、いまのところ数値出現パターンに規則性が発見されていない。数値がランダムに出てきて、無限に続くと仮定されている。
ランダムで無限であるということは、任意の数列が「必ず」含まれているといえる。 あなたの生年月日、電話番号など、円周率の何桁目からに記述されているのだ。
なぜなら、無限に続く数列の中に、含まれていないことを証明できないのだから。
ABCのアルファベットに1から26まで番号を付ければ、文字を数値で表現できる。コンピュータのASCIIコードを使ってもいい。
シェークスピアの戯曲を数値に変換し、その数列が、円周率に<含まれていない>とは、誰も証明できない。
したがって、円周率にシェークスピアは含まれている、といえる。

ABCから順番に、01、02、03と番号を振り、実際に円周率内に文字列を発見できるか試してみた。
調査に使ったのは、32億桁の円周率データから特定数値を検索していくれるサービス。

Search Pi for any sequence of digits.

いくつかやってみた結果は以下。

検索文字列 検索数列発見桁目
ドラえもんDORAEMON04 15 18 01 05 13 15 14なし
どらDORA04 15 18 0132673754
わたしのハンドルの一部FFR31MR06 06 18 31 13 18なし
わたしのハンドルの一部Sylph19 25 12 16 081084680663

億の単位の集合のなかからでは、こんなものかもしれない。
とても興味深いサイトなので、是非みなさまも郵便番号とか、いろいろためしてみてほしい。

さて。 こうした、無秩序なデータの並びからも、意味ある文字列を抜き出すことができることがわかったと思う。
その<意味ある>、というのは、人間が勝手に意味を決めたものである。

2.離散的なデータと順序性


次は、いまみなさんが見ているパソコンの画面を考えてみる。
一般的な2006年現在のパソコンは、横1024、縦768の点の集合(XGA)で、ディスプレイに表示されている。 つまり、78万6432個の点だ。
それぞれの点は、赤緑青(RGB)の3つの色で構成されて、それぞれの色は、256階調の明るさで発色する。
すると、1024×768×256^3(乗)の個数の画面パターンが存在し、それがパソコンで表示可能な全ての画像といえる。
計算すると、13194139530000、13兆1941億3953万パターンである。
今みている瞬間の画面も、今日デジカメで撮った写真を表示している画面も、全てこの13兆個の画面集合の中の1つを選んだものといえる。
言い方を変えると、パソコンとは、この13兆の画面パターンのなかのひとつを、効率よく選択していくための機械であり、その画面にどのような意味を見いだすかは、人間が恣意的に決めているだけなのである。
画面データは、コンピュータで処理されているので、当然数値データ13兆1941億パターンの全てが、だ。
コンピュータ活動の出力結果全ては、円周率の中に含まれている。

さて、次に画面の移り変わりについて考える。
マウスカーソルを、画面左端から右端に動かしたとき、13兆の画面パターンの中から何10通りかのマウスカーソルの位置だけが違うパターンが選択され、一瞬ごとに切り替わり表示されていく。
カーソルが左端にある画面の次に、カーソルが1画素分だけずれた画像を表示し、その次にまた1画素ずれた画像を表示して、ということを繰り返して、右端に行き着くまで繰り返す。
それが、マウスカーソルの左端から右端への移動だ。

ここに、画面データの連続性がある。 こうした時間軸に沿った画面の変化を人間は認識して、活動をしていく。そこには、順序性と因果関係がある。
では、円周率の中で発生する13兆個の画面データに、順序性はあるだろうか。1桁目から円周率内を検索していき、13兆個の画面データがどのような順序で出現するか。
円周率がランダムなデータである仮定であれば、そこに順序性は何もない。
画像データパターンとしては、マウスカーソルが左端にあるもの、右端にあるもの、中間にあるもの、全ての画像は円周率の中で揃っている。 その中で、左端にあるものから順番に、右端に移っていく画面をみることで、マウスカーソルの「左端から右端への移動」という活動が認識できるのだ。
もし画面の順序を考えなければ「右端から左端」への移動のデータと、内容的になんの違いがあるだろうか。
左端から右端まで移動している全ての画像を印刷して、その紙をばらまいたとすると、マウスカーソルの動きを知らない人は正しい順序を発見することはできない。
画面の一瞬一瞬は、離散的なデータなのである。

左端から右端への移動と、右端から左端への移動とを認識しているのは誰か。
画像の表示順序をきめているのは誰か。
画面の外部にいる、操作者であるといえるだろう。
では、その操作者の意思が、画面の内部にいるとき、何がおきるだろうか。

続く



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2006年11月25日



本書は、数学界最大の難問といわれた「フェルマーの最終定理」が解かれるまでの、数々の数学者の人生ドラマと、数学の歴史をつづったノンフィクションである。

定理およびその証明についての詳しい説明は、下記の参考リンクにゆずるとして。
本書の最大の魅力は、やはり数学者という人間を描き、その時代背景を描き、そして数学的技法を描いていることだろう。
フェルマーが登場してくるのは、1/3ほど読み進んだところである。
古代ギリシャのピタゴラスにはじまり、数学の歴史を紐解きながら、時系列とともに、さまざまな数学者が、心踊るエピソードと共に登場してくる。その接続の語り口が、とてもうまく、ぐいぐい読ませてくれる。
小難しい証明など、ドラマの興をそぐ部分は、巻末にまとめらており、数学理論そのものに興味の薄い向きにも、親切な構成になっている。
また、ポイントとなる重要な理論の基礎となる理論や考え方を、時系列とは別に直前に説明してくれている。こうした、シロウトにわかりやすく難解な理論を記述していく工夫が、文章の構成から、使用している単語から、細部にわたり気配りされている点もすばらしい。

最大の難問にチャレンジをし、志半ばで挫けていった人、誤りを発表した人、自殺した人。そのような数学者が多数いたことは、読み始める前にも多少想像できると思う。しかし、このフェルマーの最終定理に、命を救われた人が、少なくとも一人だけいるのだ。
こうしたミステリーを、是非堪能してほしいと思う。
そして、本書は数学を愛する人にはもちろん、数学って苦手、という人にも是非読んでいただき、なぜ数学は楽しいのか、人生をかけてまで打ち込む価値があるのか、ということを体感してほしい。

半分ほど読んだあたりで、物語は20世紀に入り、フォン・ノイマンやアラン・チューニングなど、コンピュータ技術者にとって慣れ親しんだ人々が出てくる段になると、数論の応用として暗号論が出てくる。数学という学問が、直接的に社会利益に与しためずらしい例である。
そこでふと気づいたのが、本著者は以下の本の作者でもあった。

『暗号解読』サイモン・シン /青木薫 新潮文庫(2001/07)

サイモン・シンは、『フェルマーの最終定理』を出版した後、暗号部分にフォーカスした『暗号解読』を出版したようだ。
この『暗号解読』は、一年ほど前に読んでいて、やはりすばらしくおもしろく、感激したのだ。ブログには書かなかったが・・・。

一般的に数学というと、数式の塊を想像し、そこから連想される論理性・緻密さといった、左脳的機能だけを使っていて、いわゆる文系的・芸術的な右脳的機能とは対極に位置する学問と思われるいるだろう。
しかし、本書や『暗号解読』を読むと、思いつき、ひらめき、直感、といった右脳的言葉が頻出する。
どんな分野でも、クリエータにとって大事なのは、最初のひらめきであり、直感なのである。
ミステリー作家がトリックを思いつく瞬間、マンガ家がアイディアを思いつく瞬間、数学者が解放を思いつく瞬間、やはりそこにドラマがある。
こうしたすばらしき瞬間を、数学の歴史を通して幾度も味わうことのできる、すばらしい本である。


参考リンク
この定理の概要はwikipedia フェルマーの最終定理

この定理の詳しい説明は第三の理
その他
YAMDAS Project
すみ&にえ 「ほんやく本のススメ」





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2006年08月09日

ぼくのハンドルSylphide FFR31MRは、もともとニックネームにするつもりではなかった。
こんなわかりにくいもの・・・IDのつもりでつけたものだ。
このSylphideなんちゃら、という文字列は、『戦闘妖精・雪風』(神林長平/早川文庫/1984)にでてくる高速戦術偵察機の形式番号である。

そんな話を、以前に妻に話していたのだが、そのことをちゃんと覚えていてくれて、先日ケーブルTVで放映されたOVA『戦闘妖精雪風』Operation1~5の全話をHDRに録画しておいてくれたのだ。
さすがは愛すべき妻。

原作は、ぼくの中での最高のSF作品である。この作品に出会ったからこそ、SFファンになったと言っても過言ではない。
20年も積み重ねてきたこの作品に対する想いは、OVA化を期待していなかったし、OVA化されても原作のおもしろさを表現できるとは思わなかった。
しかし、CG技術は格段に進歩していた。
フェアリー星を駆け巡るスーパーシルフFFR-31MR/DレイフFRX-99は、すばらしく美しかった。
俗説では、原作者はFFR-31MRをF-14をイメージしていたといわれている。OVAのデザイナーもそれを意識したのだろうが、ちょっと意識し過ぎかも、と思われる重厚さ。
FFR-31MRの後継機であるFRX-99は、ぼくはイメージ以上で大変気に入ってしまった。コクピット周りの本体シャーシが橋のように渡されていたり、大きく稼動する前進翼など。
ドラマ性や人間描写、世界の奥深さは、脇においておいて、このすばらしい戦闘機が飛翔する映像は、OVA化してよかったなぁと思う。
さすがGONZO。





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2006年08月02日

有名すぎる日本製ハードSF。パニックものシミュレーション小説ともいえる。
リメイク映画化のために、最近話題になっているが、もともとは1973年の原作。
冷戦まっただなか、日本経済もバブルになっておらず高度成長の最中。

そんななか、多発する地震、沈む無人島などの地殻変動から、ひとりの科学者の説が日本政府を動かし始める。

日本には、大学教授や科学者が主人公の作品はすくない。(気がする)
海外ではアシモフ、クラークなどの硬質SFでは、作者自らが科学者であり、その専門知識を動員して、世界のトップレベルの知能と機関が全精力を傾けて何かの問題・事業にあたるストーリーが少なくない。
思い込みかもしれないが、日本の作品は、政治・学者・技術者などなどの社会要素が努力し尽くして、それでもまだまだ力が足りない、さぁどうしよう、というエンタテーメントが少ない気がする。
いいSFアイディアがあっても、色恋の人情や官僚の腐敗などの人間的な要素に言及してしまい、不完全燃焼を感じてしまうこともある。

日本の作品で、これほど科学的・社会的考察された作品を、いままで読まずにいたことが残念でならない。
いや、今、この年になって読むからこそ、この作品のおもしろさ(の一部)を満喫できたのかもしれない。

そして、今年の6月、『日本沈没 第2部』という続編が出版された。
なんと作者は、航空宇宙軍史シリーズで有名な谷甲州である。
これは読まなければ、というわけで、第1部から読み始めて、そこで感激してしまったのである。
小松左京氏も、75歳。小説の執筆も肉体的に辛くなってきたということで、5人のチームを作り、作者のコンセプトを伝えて、チーム内で研究してきたとのこと。その執筆作業を谷甲州が引き受けたらしい。
絶妙な国際情勢のパワーバランス上で、男が翻弄されながら生き抜いていく冒険ものといった、泥臭く男くさい小説がとてもうまい谷甲州。
第2部のことを知っているからそう思うのか、第1部を読んでいても谷甲州との共通した雰囲気を感じ、人選の妙に感激した。

ということで、とっても楽しみな第2部の感想はまた読み終わったら。





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