2005年06月30日

googleの新サービスのベータ版が公開された。
元々google mapsとして、地図検索サービス(ベータ)をしていおり、地図画面を航空写真の実写画像に切り替えることができる。
このgoogle earthは、専用クライアントから自由自在に、地球の球体にマッピングされた航空写真を見ることができる。
何と言っても快感なのは、画面全体に地球が入っている状態から、すーっとズームインをしていくと、一軒の家が識別できるほど拡大できる、その降下感覚だ。
専用クライアントは10Mbyteもあり、それなりのCPUパワーを必要とする。ネットワークも今フォーカスしている部分の画像がストリーミング配信されてくるので、それなりのブロードバンドでないと動作にストレスを感じる。
ベータテスト中だからか、画像データそのものも、4、5年前のもので、いまの職場のビルが工事中(しかも基礎工事らしい)だったりしている。さらに、ぼくの家は、航空写真データがなかったりして、かなり残念だが。
それにしても、文字情報のない地図から、特定の場所を探し出すのは、非常に骨の折れることだ。しかもよく知った場所でないと、なかなか見つけ出せない。
ましてや、ビルやマンションなど、上からみた形など、特別な特徴がないかぎり、ただの四角だ。区別のつきようもない。地下鉄路線なども重ねられるといいな。
ちゃんと検索機能が充実してきて、航空写真の更新がより頻繁にできるようになると、遥かに深遠な応用が考えられるツールになるだろう。
国の形を実感し、地球上のどこでも見れて、普段と異なる視線で世界を見渡せるのは、SFっぽさと共に非現実的な感じがあり、とても楽しい。

Google Earth





at 00:00コメント(1)トラックバック(0)技術 

2005年06月29日

法律事務所をやめ、失業保険と妻の給料で暮らしている主人公岡田は、お昼のパスタを煮ているときに、おかしな女からのおかしな電話を受ける。その日から、猫がいなくなり、水の組成と体と未来を語る女性と出会い、戦時中の満州国での異様な話を聞きと、「おかしな」ことが次々と起こる。そしてついに、大切なモノを失い、取り戻すために「戦い」を決意する。
と、文学作品に疎いぼくは、うまく書けないが、表面上のストーリーはこんな感じだ。

以下からは、ネタばれとする。
評論・解説は、専門の人にまかせる。以下は、ただの感想文だ。


『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹著/新潮文庫
























大雑把に言えば、妻が出て行き、取り戻すために四苦八苦する男の物語なのだが、クロニクル=年代記とあるように、過去の満州国でのできごとと、現在がシンクロした形で、物語は進む。
過去の出来事は、預言者の老人本田さんの昔話であったり、間宮中尉の語りであったり、ナツメグとシナモンの物語であったり、シナモンのパソコンの中の文章であったりと、さまざまな形態で語られる。
そこの出てくる昔話と主人公岡田の現実とに、共通する人物像とその関係が浮かび上がってくる。

物語の前半、岡田は周囲の「おかしな」状況に流されっぱなしで、翻弄されつつ、妻の失踪がおこり孤独な状況に陥る。
それまで、なぜ会社を辞めたのか、これから自分は何をしたいのか、といった自らの意思を持たない、「からっぽ」な人間という個性が強調されて描かれ、おそらくこの作品の一つのテーマになっている。水の涸れた井戸、飛べない鳥、人の住まない家、存在価値が疑わしいモチーフと共に、自分の存在意義が問われていく。
空洞化した人間、生きる意志の希薄な、主張のない人間が、いかにして生まれ変わるか、を問う作品と読むことができる。

そして、間宮中尉との出会いが、岡田を、はじめて自らの意思を持った行動に駆り立てる。
間宮中尉は、満州で涸れ井戸に投げ込まれ、何日も飢えと乾きに苦しみながらも、一瞬の太陽の輝きに、生の本質をみたことを語る。岡田は、からっぽの自分を満たす何かを探し、自ら井戸に潜っていく。ここに、彼の最初の輝く意思が現れる。
物語の後半、岡田は妻を取り戻す強い決意をする。
前半において、岡田の良識・常識の象徴として登場した笠原メイも遠方に去り、替わりに物語全体のメタファーの存在としてのシナモンが登場する。
ナツメグ、その息子シナモンの登場で、岡田の物語上の立場は、突然変わる。仕事を持ち(かなり特異な)、生活にリズムが出てくる。しかし、これもまた与えられたものでしかない。しかし、井戸に入るという行為を頻繁に行えるようになり、彼の中身が徐々に満たされていく。
終盤、妻が戻ってくるかどうかは明確には語られないが、いくつかの「呪い」と揶揄されることに打ち勝った強い意思を手に入れるのだ。
そして、妻クミコも意思を手に入れ、いままで逃げていたことに立ち向かう勇気を得る。

タイトルとなる「ねじまき鳥」は、「世界を動かすねじ」を巻く鳥と記述される。ぎぃぎぃと泣く声が、世界のねじを巻くと言う。しかしそれは運命というものに流される音といえる。「呪い」に流され、望むべき世界から乖離していく音の象徴として描いていると、ぼくは想像する。
「ねじまき鳥」とは、何なのか。岡田の変化と共にどう変わったのか。そうした記述は一切ない。しかし、岡田の耳にねじまき鳥の声が聞こえることは、もうないのであろう。

文学作品はミステリーではない。だから、いろいろな場面で思わせぶりに描かれるいろいろな疑問、謎は、やはり明確な説明はない。
作者の描きたいこと、表現したいことを伝える素材であるのだろう。
ぼくに、読者にできることは、こうした素材から、作者の意図を想像するしかない。

綿谷トオルや空き家に象徴される「呪い」とはなにか、岡田が倒したモノはなにか、クミコの恐れていたものは何か。
満州国の時代の描写は、第二次世界大戦の末期を語っている。
岡田の生きる現代の社会と、その時代の社会の対比から見えてくること。
ヒトラーやスターリンといった、後世によって糾弾される指導者が、なぜ指導者たる権力を持ちえたのか。
そこには、そうした指導者を求める社会があったからだ。国民の心の空洞化、社会不安、そうした土壌が彼らの台等を許した。
綿谷トオルに象徴される表面上のカリスマと、その奥にある暗部、それを見抜いた岡田とクミコの戦いの構図と読み取るのも、一つの側面ではないかと愚考する。





at 00:00コメント(1)トラックバック(0) 
墨田川にかかる勝鬨橋。昭和15年から45年まで、日に何度となく船を通すために開いていました。
総量4000トンもの質量を、稼動される。CADなどなかった時代に、計算尺で手書きの設計をして作ったものらしいです。
巨大質量が動く。
工学者にとっては、心ときめくものがあります。
そんな勝鬨橋を開かせよう、中央区の観光名所にしよう、という動きがあることを今日になって知りました。
勝 鬨 橋 を あ げ る 会

ぼくの職場に近いこともあり、是非応援したいです。






at 00:00コメント(0)トラックバック(0)その他 

2005年06月22日


『ぼくの地球を守って』シリーズ
(略してぼく球)の続編。
ぼく球での主人公の子供たちの話。

最近二世ものの作品が多い中、この作品はそうした昔の人気を引きずって、ビジネス的に描かれたものではない(と思いたい)。
いまはまだ助走期間中で、読み切り短編の集合として1巻がまとめられたが、今現在「別冊花とゆめ」で正式に連載が始まったので、これから前作同様壮大なストーリーが広がっていくことを期待したい。


『ボクを包む月の光「ぼく地球」次世代編(1)』日渡早紀/白泉社 花とゆめコミックス







at 00:00コメント(0)トラックバック(0) 

2005年06月21日

残業をし、残業代を得る。お金は貯まるが、使う暇がない。
仕事がなく定時で帰る。暇はあるのに、遊ぶお金はない。
タクシーで早く帰るか、電車で安く帰るか・・・等々。

現代社会での人間の活動目的は、お金と時間を得ることだといえる。

タンマウォッチは、そのうちの一つを無尽蔵に与えてくれる。
形状はストップウォッチだが、ボタンを押すと時間が止まる。その間、自分だけが動ける。もう一度ボタンを押すと世界の時間が動き出す。

「遅刻しそうだ!」
タンマウォッチで時間を止める。あとは、ゆっくり歩いていけばいい。
どんなにゆっくり歩いても、途中で昼寝しても、亀さんに抜かれる心配はない。

時間が無尽蔵にあると、(あくまで個人の)人生は、豊かになるような気がする・・・。
すくなくとも、ほとんどのピンチは切り抜けられる。

これは永遠の命とは違う。
永遠の命も、時間を無限に与えてくれる。しかし、それでは生きる意欲もなくなってしまうだろう。
世界を待たせておいて、自分だけの時間が得られる、これがタンマウォッチのすばらしいところだと思う。

ちなみに、もう一つの要素、お金を無限に与えてくれる道具は、藤子作品の『バケルくん』に出てくる。バケルくんのお父さんの持っている財布がそれだ。その財布からは、無尽蔵に一万円札が束で出てくるという、あまりに直接的な道具だ。
この財布の秘密を解き明かす話が、本編にあったと思うが、内容を忘れてしまった。知っている人がいたら教えてほしいです。





at 00:00コメント(0)トラックバック(0)ドラえもん 
記事検索
最新コメント
プロフィール

やすき

月別アーカイブ
  • ライブドアブログ